前回、ボアストローク比の話題が出たところで、もうひとつ余談をはさませていただきます。ドゥカティ水冷4バルブの始祖、851には、なぜ851ccと言う排気量が選ばれたのでしょうか?
真実は当時の関係者のみが知っているのでしょうが、わたしは、自信を持ってこう考えます。
前回、水冷DOHC4バルブは750F1をベースに開発された、と書きました。80年代半ば、ドゥカティ・ワークスは、世界耐久選手権の最高峰、TT-F1カテゴリーに、空冷SOHC2バルブで参戦しておりましたが、後輪で80数馬力と言うそのエンジンでは、すでに120馬力以上を出していた日本製4気筒に対抗するには、ドゥカティの優れたハンドリングを以ってしても、力不足の観はぬぐえない戦いを長く強いられていました。そこに、自軍にも水冷DOHC4バルブをもってきて、日本勢と真っ向勝負することを考えたのです。
一方で、開発資金が潤沢なワークスが圧倒的に有利なTT-F1レギュレーションは、4ストロークGPと言われるようになってしまい、参加者の大多数であるプライベーターの支持を急速に失い、87年いっぱいで廃止されることが決まります。
88年からは、同じ市販車ベースでも改造範囲は厳しく限定されたアメリカAMAのスーパーバイク・レギュレーションがFIM世界耐久選手権でも採用されることになります。(これはAMAのレースを走っている連中をFIMのレースに呼び込む、と言う思惑もあったのでしょう。)
スーパーバイクのレギュレーションでは、4気筒なら750cc以下、2気筒なら1000cc以下の排気量と決められていました。(2気筒1000ccだった、自国のHD XR1000に、有利に出場の機会を与える意図でしたが、実際は機能していませんでした。)
ドゥカティの開発陣は、どのタイミングでレギュレーションの変更を知ったのでしょうか?
少なくとも言える事は、水冷DOHC4バルブは、ほとんど開発終了の間際まで、750cc以上の排気量にスケールアップすることは念頭になかった、ということです。
750ie’s head, cylinder & piston
というのも、4つのバルブとプラグホールの配置が、750F1と同じ88mmボアの中で最適化されていたため、この初期設計が、その後、ボアを、バルブ径を広げていくにあたり、足かせとなった、という事実があるからです。(それに対しては、かなり後年になってようやく、バルブの挟み角を変更するなどの大手術が施され、問題を解決しております。)
このような中、とにかく水冷DOHC4バルブ750ccは完成し、1986年9月のボルドール24時間でデビューを果たします。(ギアボックスのトラブルにより、リタイア。)
翌87年3月、88年からのスーパーバイク選手権を見据え、851ccに排気量拡大された4バルブエンジン車が、ツインレースの桧舞台であるデイトナ、バトル・オブ・ザツインズ(BOTT)のプロツイン・クラスにて、マルコルッキネリのライディングをもってして、デビュー戦で優勝します。
これが有名な851プロトタイプレーサーのデビューウインですが、それでも、この時点で、その後のスーパーバイク選手権でのドゥカティの活躍を予測していたものは、ほとんどいなかったのではないでしょうか。
以上、DOHC4バルブは、ボア88mmxストローク61.5mmの748ccを前提に開発されたこと、急なレギュレーション変更で排気量を上げるチャンスを持ったことを書きました。
ドゥカティは、(1000ccを超えない範囲で)できるだけ目いっぱい排気量をあげようと考えたのは容易に想像できます。当然、制約はありました。当初、ベースとなった750F1の、いわゆるスモールケースではスタッドボルトの位置関係から、ノーマル88mmボアに対し、+4mm(ボア:92mm)が拡大の限界だったのです。(それ以上、ボアを広げるとクランクケースに立ててあるスタッドボルトの足を、下穴が侵食してしまう。)
750F1(III) production model’s crankcase
実際、私も750F1のクランクケース現物で確認いたしましたが、片側2mm、合計4mmの拡大が限界であることに異論は出ないと思われます。(その後、クランクケースを強化するためにスタッドボルト幅の拡大された、いわゆるラージケースが誕生します。)
これでまず、ボアが92mmと決まりました。
次にストロークですが、これは前回ご説明したボア・ストローク比の話題に関連します。
ベースとなる748ccと相似形、同じボア・ストローク比0.70とされたのは、限られた開発期間においてはごく自然な選択だったと言えましょう。
これでストロークも逆算して決まります。ボア92mmxBS比0.70=ストローク64mm。こうしてボア92mmxストローク64mmの851ccの排気量が誕生したわけです。
以上、清聴ありがとうございました。(繰り返し申し上げますが、以上はあくまで私の推測に過ぎませんことをご承知おきください。)
次回から本題に戻り、実物を比較しての、クランクケース、クランク、ヘッドの考察をしてみたいと思います。